社長ブログ
「覚悟が人を育て、信頼を育む」 ~自己申告型給与制度導入の背景
カンブリア宮殿で注目された木村石鹸の給与制度、その背景にある「人間の矛盾」
書き手:キムショー
先日放送された「カンブリア宮殿」でも、木村石鹸が取り組む「自己申告型給与制度」を取り上げていただきました。
番組内で作家の金原ひとみさんが「覚悟が人を育て、人が信頼を育む会社」と評してくださったように、この制度の根底には「評価」ではなく「覚悟の交換」という思想があります。 なぜ木村石鹸は、世間の常識である人事評価を捨て、2019年からこの一見破天荒な仕組みを続けているのか。今回は、従来の評価制度が抱える「3つの嘘」や、僕の経営観をガラリと変えたパラダイムシフトの本質を、改めて掘り下げてみたいと思います。
世の中の経営者や人事担当者を悩ませ続ける、永遠のテーマがあります。
それは「人事評価と賃金制度」です。
僕も前職時代からずっと、この問題には頭を悩ませ、様々な制度を試行錯誤してきました。しかし、どれだけ客観的な指標(KPI)を設け、緻密な評価シートを作っても、必ず誰かから不満が出る。不満を解消しようと制度を細かくすればするほど、今度は運用の管理コストが膨れ上がり、現場が疲弊していく。そんな限界を感じていた中で、僕たち木村石鹸は2019年、これまでの常識とは真逆をいく「社員自らが希望する給与を会社に申告する」という「自己申告型給与制度」を導入しました。
なぜ、そんな一見破天荒とも言える制度に舵を切ったのか。そこには、従来の評価制度がはらむ「構造的な嘘」への気づきと、僕自身の経営観をガラリと変えた、ある劇的なパラダイムシフトがありました。
従来の評価制度が隠している「3つの嘘」
様々な給与制度を取り扱ってきた中で、僕が行き着いたのは、従来の「結果を評価して報酬を決める」仕組みには、どうしても超えられない限界があるということでした。それが、以下の「3つの嘘」です。
「正しく評価できる」という嘘:どれだけ制度を細かくしても、人間が人間を100%公平・客観的にジャッジすることなど不可能です。
「評価を上げればモチベーションが上がる」という嘘:他者からの評価や給与アップは一時的な刺激(外発的動機)にはなっても、本質的なやる気(内発的動機)には繋がりません。
「評価制度で人は育つ」という嘘:制度に適合しようとするあまり枠に収まった行動しか取れなくなったり、評価のためのアピールに終始してしまい、かえって自律的な成長を阻害してしまいがち。
そもそも、給与30万円と32万円の仕事の違いを、完璧なロジックで説明することなど誰にもできません。評価とは、どこまでいっても主観が混ざるものであり、ロジックで100%解決しようとすること自体に無理があったのです。
不満の本質は「金額」ではなく「他者との比較」にある
では、なぜ社員は評価や賃金に不満を持つのか。その本質は、金額の絶対値ではなく「他者との比較から生まれる相対的な不条理感」にあります。
「あいつの評価はあんなに高いのに、なぜ自分はこうなのか」
そうやって比較対象を他者に求めた瞬間、その対象は社内だけでなく、社外の同僚、同年代の知人、異業界の人へと無限に広がっていきます。
しかし、他者との比較(他者軸)で生きている限り、人は決して幸せにはなれません。不満の根本治療のためには、視点を「外」から「自分自身がどうなりたいか(自分軸)」へと180度転換させる必要がありました。
「結果の評価」を「未来への投資」に変える、目から鱗の転換
この制度に出会ったのは2018年のこと。様々な評価制度を必死に探していた僕は、たまたま「生きがいラボ」さんのホームページを見つけました。
そこには確か「日本型ノーレーティング(評価をしない評価制度)」といった趣旨のことが書かれており、直感的に「面白そうだ」と感じてすぐにアポイントを取りました。
2018年4月、代表の福留さんにお会いしてお話を聞いたのですが、本当に一瞬で意気投合したのを覚えています。「これしかない!」と確信した僕は、すぐに木村石鹸への導入を決め、支援をいただきながら翌2019年からスタートすることになりました。
後日、福留さんから「こんなにすぐにこの制度の本質を理解してくれたのは、木村さんが初めてくらいだった。あの出会いは大きな転機になった」と言っていただけたのは本当に嬉しかったです。なぜ僕がすぐに理解できたのかといえば、それまで「正確にメジャーメント(測定)すること」の限界にぶち当たっていたからなんじゃないかと思います。
従来の「結果の評価」である限り、評価が報酬に直結するため、「どう正確に測るか」という冷徹な正確性が求められます。そうでないと報酬の根拠として説明がつかないからです。
しかし、この制度のフレームは違いました。評価ではなく「未来への投資」だと考える。

投資というのは、そもそも「結果がどうなるか分からない」ことが大前提です。
間違いもあるかもしれないし、先は見えないけれど、それでもその人の可能性にかけてお金を出す。 「未来への投資」と捉え直した瞬間に、これまで僕を苦しめていた「分からないことへの不安」や「正確性への固執」が、すべて一気に、綺麗に解決されたのです。まさに目から鱗が落ちるような、凄まじいパラダイムシフトでした。
浮き彫りになった「評価制度が抱える人間の矛盾」
つい最近、この制度の考案者である福留さんとイベントをご一緒する機会がありました。
その際、福留さんが「なぜこの自己申告型給与制度を思いついたか」という背景を話してくださったのですが、それが非常に面白く、僕たちのやっていることの本質を改めて確信させてくれるものでした。
福留さんはもともと、通常の「結果を評価していく人事評価制度や賃金制度」を導入するコンサルティングを数多く手掛けられていました。しかし、どんなに緻密な制度を入れても、社員の方々から強い不満が出てしまう。
そこで福留さんが、不満を漏らす社員たちに「では、あなたにとっての適正な評価や賃金はいくらですか?」と尋ねると、驚いたことに多くの人が「それはよく分からない」と答えたそうなのです。
ここに、評価制度が抱える大きな矛盾があります。
「会社が決めた賃金には不満がある。しかし、自分が欲しい賃金の根拠は説明出来ない」
この矛盾こそが、他者に人生のハンドルを握らせてしまっている証拠でした。
他者の評価をただ受け入れるだけの関係性では、なかなか納得して生き生きと働くことはできません。だからこそ、「自分のしたいこと(貢献)と、欲しい給与を自分自身で提案し、会社と対話して納得点を見つけていく」という、対話型の給与設定に行き着いたのだと、福留さんのお話を聞いて改めて深く腑に落ちました。
評価の非対称性を超えた、パートナーとしての「覚悟の交換」
「結果の評価」から「未来への投資」へとパラダイムシフトが起きると、会社と社員の関係性は劇的に変化します。
そこにはもう、「評価する側」と「評価される側」という上下の非対称な関係はありません。お互いが、未来のよく分からない不確実な世界に向かって、対等なパートナーとして合意点を探る関係になるのです。
自己申告型給与制度では、この給与決定のプロセスを「事業家(社員)」と「投資家(会社)」の関係というメタファーで説明しています。
社員(事業家)は、次の期に会社にどう貢献するかという「事業プラン(覚悟)」を立て、それに相応しい「投資額(給与)」を自ら値付けして会社に提案する。
会社(投資家)は、その提案の実現性を本人の過去の実績や信頼関係から検討し、その未来に会社の命運の一部を張るという「投資(覚悟)」を決める。
ここでは、誰かが誰かを品定めするような「評価」は行われません。交わされているのは、お互いの「覚悟」だけ。だからこそ、僕はこれを「覚悟の交換」と呼んでいます。

仮に提案した貢献内容が未達成に終わったとしても、それが次の期の給与にダイレクトに減給として反映されるわけではありません。投資の失敗は、投資家である会社も一緒に引き受ける。ただし、次の期の提案時に「そのプランの実現性(信頼度)」として過去の向き合い方が問われるため、毎回が「未来に向けた、お互いの覚悟の洗い替え」となります。
自分の人生のハンドルを、自分で握るために
自分で自分の給与を決める、つまり自分の「覚悟」を会社に突きつけるというのは、会社員にとっては極めて難しく、責任を伴う大変な作業です。従来の「会社に決めてもらう制度」に文句を言っているほうが、ある意味では圧倒的に楽でしょう。
しかし、木村石鹸が2019年からこの大変なプロセスを続けているのは、社員一人ひとりに「自分の価値をどう高めるか、どう認めてもらうか」という、自分自身の内側に目を向けてほしいからです。
給与決定の場を、上からの「ジャッジ(審判)」ではなく、お互いの未来のための「対話」、すなわち「覚悟の交換」に変えること。
自己申告型給与制度とは、単なる賃金管理のツールではなく、社員が他者との比較から抜け出し、「自分の人生のハンドルを自分で握って生き生きと働く」ための、僕たちの挑戦なのです。
